古典アラビア語文法における jins(種)の概念

榮谷 温子(東京外国語大大学院)

古典アラビア語文法において jins という術語は,通常「総称」と解釈され,ʕahd「特定」と対をなすものと考えられているが,文法書で,実際に jins という語が,いかに用いられているかを見ると,それを常に総称と解することはできないことがわかる.

Ibn Yaʕīs 著 Šarḥ al-Mufaṣṣal では,jins(種)にはその下位分類としての nūʕ (種類)が存在すると述べ,ḥayawān(動物)を例に挙げて,これを説明した.動物という「種」には,その下に,人間,馬,鳥などの「種類」が存在する.この「種」と「種類」の構図は,同書および他の文法書でも,一貫して保たれており,「種」は,常に,いくつかの「種類」という部分から構成される全体と捉えられ,種をひとつの塊(マス)としてとらえる考えが希薄である.そのため,古典アラビア語文法では, jins は,基本的には種を表す語であるものの,種全体を表す (+generic) のか,それとも種の中の任意の一要素を表す (-specific) のかは,実は明確には区別されていない.総称指示は特定指示の下位区分とも考えられるものだが,古典アラビア語文法においては,そうしたことから,不特定 (-specific) と総称 (+generic) とがしばしば混同される.

またさらに,Ibn ʕAqīl 著 Šarḥ Ibn ʕAqīl li-ʔAlfiyyah Ibn Mālik と,Ibn Hišam 著 Šarḥ Šuðūr aðahab とを比較すると,後者で jins と説明されるものが,前者ではそれを用いずに説明されるなど,術語の用法に,わずかだが差が見出された. アラビア語研究においては,この jins という用語を無批判に受けとめず,十分な吟味を経た上で解釈してゆくことが必要である.