日本語/English
日本言語学会について
入会・各種手続き等
学会誌『言語研究』
研究大会について
学会の諸活動
その他関連情報

Individuation の再解釈に基づくロシア語指示詞の研究
~人称代名詞3人称形と指示代名詞の違いについて~

北上 光志

文脈内指示の働きをする代表的ロシア語指示詞に人称代名詞3人称形と指示代名詞がある。従来なされているロシア語指示詞の研究では両者の違いを明確に説明できない。そこで今回,次のような分析方法を提案して,この問題を考察した: 同一文脈内において,人称代名詞3人称形が指示代名詞へ置換可能か不可能かをインフオーマントの判断に基づいて調べる。この際,指示対象に関する次の7点を考慮する。(1) 人間であるか無生物であるか,(2) 親族であるか非親族であるか,(3) 具体的なものであるか抽象的なものであるか,(4) 単数であるか複数であるか,(5) 限定語句が付いているかいないか,(6) 指示詞の近くにあるか遠くにあるか,(7) 話者が好意を抱いているかいないか。(尚,資料はロシア人の会話を録音したものを用いた)そして,次表のような結果を得た。

指示対象人称代名詞3人称形の指示代名詞への置換率
(低 < 高)
人間 ― 無生物人間 < 無生物
親族 ― 非親族親族 < 非親族
具体的 ― 抽象的具体的 < 抽象的
単数 ― 複数単数 < 複数
限定付 ― 限定無限定付 < 限定植
指示詞の近く ― 指示詞の遠く指示詞の近く < 指示詞の遠く
話者が好意的 ― 話者が非好意的話者が好意的 < 話者が非好意的
「人間の関心の度合」注)の観点からこの表を整理すると以下のことが言える。対象が,1) 人間,親族,具体的,単数,限定語句が付いている,指示詞の近くにある,話者の好意をひく場合と,2) 無生物,非親族,抽象的,限定語句が付いていない,指示詞の遠くにある,話者の好意をひかない場合とを比較すると,1) の方が 2) よりも人称代名詞3人称形は指示代名詞に置換され難い。逆に,2) の方が 1) よりも人称代名詞3人称形は指示代名詞に置換され易い。また一般に,人間は 2) より 1) の方に関心を抱き易く,1) より 2) の方に関心を抱き難い。以上のことより,次のように結論づける。『人称代名詞3人称形は人間が関心を抱き易い対象を指すことを基本的な働きとしているのに対し,指示代名詞はそうではない対象を指すことを基本的な働きとしている』

注) これは,A. Timberlake (1977) がロシア語否定文における動詞の目的語の格(対格―生格)の現われ方を説明するのに用いた individuation(個別性)を再解釈したものである。しかし,この概念がロシア語の二つの指示詞の違いにも反映されていることを発見し,また,新たな要因((2) 親族であるか非親族であるか,(6) 指示詞の近くにあるか遠くにあるか,(7) 話者が好意を抱いているかいないか)を提案したのは本発表のオリジナルである。

プリンタ用画面

このページの先頭へ