日本言語学会第136回大会(2008)公開講演要旨

内省実験から見える文法

上山 あゆみ(九州大学)

コトバには様々な側面がありますが,生成文法が説明の対象にしているのは,言語能力という側面です。これは,たとえば,現在の日本語の姿を具体的に描写するのではなく,「言語たるもの,どのような姿がありうるか/ありえないか」という「可能性の極限」を問題にするものです。「可能性」というと,どうしても話が抽象的になりますが,単なる絵空事になってしまっては意味がないので,様々な文に対して,話者がどのような感覚をいだくかを観察しつつ,私たちの内なる「可能性の極限」を探求しようとしているのです。

ただ,そこで,文の内省的な容認性判断という,きわめて主観的なものをデータとすることに対して,しばしば批判があります。同じ文を提示しても,人によって判断が分かれるのが普通ですし,ときには,同一人物であっても聞き方やタイミングによって判断が異なる場合もあります。判断を聞かれた本人にとっても,非常にもやもやとした明らかでない感覚を持つことが多いのに,その不確かな返答に基づいて理論が構築されているとすると,生成文法研究全体に対して不信感を抱くことがあっても不思議はないかもしれません。

しかし,発表者は,文の内省的な容認性判断というものも,適正に扱われさえすれば,理論構築のデータとみなすことができると考えています。この問題については,生成文法の研究者それぞれが様々な意見を持っていると思いますが,本講演では,

等の問題について発表者が考えるところを述べたいと思います。

コーパスから見える文法

大名 力(名古屋大学)

母語話者の内部状態の一面である文法は直接観察できないため,文法を用いた活動の結果生じる観察可能なデータを基に,仮説検証を繰り返すことで探っていくしかない。これまで,書籍や新聞,テレビやラジオなどから収集された言語資料,実験や内省から得られるデータなどにより研究が進められてきたが,最近ではコーパスの利用も盛んになり,これまで気付かれてこなかった新しい事実の発掘やそれらの事実に基づく仮説の検証も行われるようになってきている。本講演では,例として,"day after day" のような「名詞+after+名詞」の形式で繰り返しを表す英語の表現などを取り上げ,構文の基本的特徴,変種の持つ属性を明らかにし,構文拡張の法則を探るうえで,大規模コーパスがどう役立つかを示す。また,コーパスの有用性のみでなく,(現時点での)限界や利用上注意すべき点についても触れ,コーパスを言語研究に有効活用するには,コーパスと処理ツールの理解,適切な言語感覚,分析的視点が不可欠であることを示したい。