日本言語学会第135回大会(2007)特別展示概要

特別展示「フロンティアからの眼差し」

「危機言語」小委員会

危機言語小委員会は言語学会(主として秋の大会)において,危機言語を取りまく現状や,危機言語に関する研究状況の進展について皆様に広く知っていただくために,現在までに何回かの特別展示を企画してきました。今回の特別展示は「フロンティアからの眼差し」と題し,私たちにとって未知の言語現象に研究者が遭遇する場としてのフロンティア(最前線)からの報告と,言語の消滅の可能性という,私たちが目をそむけるわけにはいかない危機的状況を扱った報告を,いずれもポスター発表(一部スクリーン使用)の形式で行います。

危機言語研究の最前線からの報告は3点です。

まず,白井聡子「ダパ語の方向接辞」では,ダパ語(チベット=ビルマ語派)における,直示的に動作の方向を表すことができる5種類の方向接辞に関して,現地調査から得た用例を観察し,語彙的な結びつきや完了性の付与といった性質に注目して分析を試みます。

次に,林範彦「チノ語悠楽方言の動詞複合形式」では,中国雲南省で話されるチノ語悠楽方言(チベット・ビルマ語派)を扱います。この言語には動詞語根の周囲に接頭辞類・接尾辞類が付加される動詞複合形式が存在しますが,本発表では動詞複合形式に付加される接辞類の機能,および動詞連続の問題等を論じます。

最後に,林由華「琉球語宮古池間方言の動詞の時間・様相特性」です。この発表では,琉球語宮古池間方言の定動詞(動詞における文を終止する形)について考察し,複数の定動詞の使い分けや移動動詞のもつ特性から,特に動詞の基本形のもつ時間・様相特性について明らかにすることを試みます。

危機言語小委員会の原点を成す関心の一つは,危機言語そのものを取りまく,危機言語を話す人々の社会的現状や意識に目を凝らし,耳を澄ますことです。今回の特別展示では金子亨「ニヴフの現在(いま)」がこの問題に迫ります。筆者が20年に及ぶフィールドワークの中で出会ってきた友人・研究者の紹介を通じて,ニヴフとその言語について多面的・総合的に語ることを試みます。扱う話題としては,ニヴフの話者・研究者の生い立ち・研究活動・言語復興活動が含まれるほか,ニヴフ語の教科書や新聞などの資料もスクリーン上で紹介されます。

ポスター発表という形を採用することによって,今回の特別展示では,発表者の議論が一つの結論に収束するというよりはむしろ,発表を聞いた人々との対話を通じて,危機言語に関する,あるいは言語一般に関する考えが重層的に深まっていくことをもくろんでいます。これこそが,危機言語研究というフロンティアから私たちが提供できる可能性の一つにほかなりません。会場にお越しの皆様の積極的なご参加を期待いたします。