言語の構造的多様性のなかでの品詞分類

企画・司会:中山 俊秀

品詞分類(より一般的には語類)は,言語現象の規則性を捉えようとするうえでもっとも基本的な枠組みの一つであると感じられている。さらに,品詞分類は,類型的タイプの別を越えて文法研究を枠付け,言語間での比較・対照の基盤としても用いられ,世界の言語の研究の普遍的枠組みの一つとさえ思える。しかし,その一方で,近年幅広い範囲の言語の研究から言語の構造的多様性の幅と深さが明らかになってくる中にあって,品詞分類という枠組みの根本的な性質をそうした構造的多様性の広がりの中で問い直す必要がでてきた。個別言語の研究の中ではそれぞれに品詞の立て方や数などに関して議論がされて来ているが,通言語的に様々な類型タイプの言語を見渡して議論をする機会は必ずしも多くない。そこで,本ワークショップでは,異なったタイプの言語(孤立語,膠着語および複統合語)からの問題提起を通じて品詞分類の問題を通言語的コンテクストにおいて考える。

今どきの品詞分類―議論の出発点として―

中山 俊秀

本ワークショップは,品詞分類の問題を,異なった構造的タイプの言語での事情を見つつ通言語的コンテクストにおいて考えることを目的とする。ここでは議論の出発点として,やや荒っぽいのは承知の上で,現代の言語学研究の中で前提とされる品詞観(もしくはより前理論的な「品詞感」といった方がいいかもしれない)を考えてみる。そこからは以下のような一般的特徴が抽出できそうである:(a)品詞分類は基本的に言語の形式面の話である;(b)品詞は語に固有の性質である;(c)語の品詞的性質はボトムアップにより上位の文法構造を枠付けする。

スライアモン・セイリッシュ語の名詞と動詞の分類について

渡辺 己

スライアモン・セイリッシュ語(カナダ)は,「名詞と動詞の区別がない言語」と言われることがあり,研究者の間で長年議論されてきた。確かに,同言語において名詞と動詞の区別は,それが分かりやすい言語に比べ,明白ではない。通常,品詞分類の基準となる形態法による基準はほとんど当てはまらない。例えば,一般的には動詞と関わると考えられる,時制,使役,再帰を表わす接辞などが,名詞と思われる語根に付いたり,逆に名詞と関わると考えられる,複数性や指小性を表わす重複法が,動詞と思われる語根にほどこされたりする。
しかし,この言語でも,語根と,所有の標識や,一部のアスペクト標識との共起を基準にし,名詞と動詞を区別することは可能だと考えられる。ただし,ひとつの形態法を基準に区別はできず,いくつかの基準を組み合わせることによって初めて分類できる点は,名詞と動詞の区別がより明白な言語と大きく異なる点だと考えられる。

日本語から考える品詞の問題

加藤 重広

従来の品詞区分は,屈折語を想定して立てられている面があり,膠着語である日本語にそのまま適用するのには問題がある。例えば,品詞が付与される単位が語なのか形態素なのかという問題は,日本語における語の認定に関わり,形容動詞を設定するかしないかにも関係がある。形態特性に重点を置く品詞論は活用体系の不均一性や,文法化・語彙化といった通時変化の記述に弱く,機能特性に重点を置く品詞体系では実際の記述に際して基準が不明確になる可能性があり,機能の兼務や転換の記述に弱い。日本語の品詞体系では形態と機能という基準の二重性が見られる。意味論的には指示の点から固有名詞を中心に名詞の普遍性が言われるが,文の産出の観点から動詞に普遍性を見る考えもある。本発表では,日本語の品詞について試案を提示して検討を加えるとともに,日本語から品詞の根本的な問題と通言語学的な問題をあぶり出す。

孤立的言語における品詞分類の難しさ―パラウク・ワ語を例に―

山田 敦士

形態法の乏しいいわゆる孤立語タイプの言語においては,従来的な形態統語的特徴に基づく語類を与えるのが困難である。その一方で,句・節などの形成にかかわる意味統語的特徴を共有する語類を認めることは可能である。この2つの語類はともに「品詞」と呼び倣わされるが,そもそもの立脚点が異なるものである。しかしそれでもなお,両者に相通じるところがあるというのはたいへん興味深いことである。
こうした点を念頭に,本発表では,孤立語的特徴をもつパラウク・ワ語(中国雲南省から北タイに分布する北方モン・クメール系言語)の事例を取り上げ,その具体的な分類の基準や手順を示す。その上で,品詞分類にかかわる孤立語的な問題(相互規定の問題,同形異義の扱いなど)についても述べる。