「てくる」構文における起動アスペクトについて
―認知言語学的アプローチ―

澤田 淳(京都大学大学院)

本研究では、認知言語学の観点から、日本語の「てくる」構文の起動アスペクトについて考察を行い、主に以下の4点を主張した。

(ⅰ)この構文における事象は、一定の幅を有した主語の状態変化を表すものでなければならない。
(ⅱ)この構文は、メタファーに基づく拡張により、移動から状態変化の意味へと変化しており、(ⅰ)の事象制約はこの拡張的意味との適合性の観点から説明可能である。
(ⅲ)この構文では、認知主体が変化前の状態をあらかじめ知っているという前提がなければならない。
(ⅳ)「てきた」は、過去のある時点に基盤を置いた過去の事態認識のみならず、「今/ここ」の現場に基盤を置いた現在の事態認識を表すことができるのに対し、「ていった」は過去のある時点に基盤を置いた過去の事態認識しか表すことができない。この違いは、着点指向的な「てくる」と起点指向的な「ていく」の直示性の違いに起因する。