音位転換現象への音声学的アプローチ
―幼児の発話を資料として―

寺尾 康(常葉学園短期大)
村田 忠男(九州工業大)

発話中のある音要素と別の音要素がそっくり入れ代わってしまう音位転換((1) a, b を参照)は,幼児音研究を中心に興味を集めている現象である.

(1) a. 「オスクリ チョウダイ」(←おくすり)

b. 「ココハ ツマカシ」(←つま先)

従来の研究では,「同じ母音を持つ,隣接するモーラ間で起こりやすい」という環境的な要因は明らかにされているが,入れ代わる音そのものの特徴についての分析は行われることが少なかった.筆者らは「隣接するモーラ」という点から二音が連続する際の調音的な「自然さ」―「不自然さ」に原因があるのではと考え,次のような仮説をたてて,実験的検証を試みた.

仮説: 話者にとって自然ですわりの良い音連続の中にある音は,相対的にそうではない連続の中の音よりも調音に要する時間は短くてすむ.

実験方法は,音位転換の数が多く,幼児が苦手にしているとみなされる,同じ母音を持つモーラ連続の正しい形と転換した形を,成人の被験者二人に同じリズムを保って繰り返し明確に調音するよう依頼し,(例えば「からだ,かだら…」)デジタル録音する.それを音声分析装置 Sound Scope II を用いて分析し,仮説に関わるモーラの調音時間を測定する.仮説によれば,「だら」の「だ」は「らだ」の「ら」より調音時間が短いことになるが,結果は89例中66例が仮説を支持(カイ2乗検定でも0.1%水準で有意)するものであった.

この結果は音韻論的には,調音可能性のハイエラーキを構築するうえで興味深い観点を与えてくれる点,一方心理言語学的には文産出過程の研究においては音韻部門で処理されるユニットの大きさ,「すわりの悪い」音連続の検出と修正のポイントの存在を示唆してくれる点で興味深い理論的な意味合いを持つといえる.