わたり音共起制約と上古漢語の音変化について

東ヶ崎 祐一(東北大大学院)

中国語を通時的にみてゆくと,頭子音と主母音の間(介音)と音節末(韻尾)の位置に同一のわたり音(i, u など)がある形が幾度も現われる.しかし,それらはその後の音変化によって解消される.本発表では,特に上古漢語から中古漢語への過程でみられるそのような音変化について考察する.

本発表では,わたり音共起形とそれが解消される音韻過程は,素性構造理論を用いて分析すると,OCP (Obligatory Contour Principle) の違反を回避する変化であると説明できることを明らかにした.そこで,これらの理論と原理に基づいて,上古漢語から中古漢語への音変化において現われるわたり音共起形と,その被った音変化について検討した結果,次のようなことが導き出せる.

1. わたり音 i の共起する形が被った変化には,「主母音の消失」「主母音と韻尾の融合」「韻尾の消失」の3つがある.主母音の素性構造の違いによって,主母音が *a のときは「主母音と韻尾の融合」が主で,「主母音の消失」はほとんどなく,主母音が *ə のときは「韻尾の消失」「主母音の消失」「主母音と韻尾の融合」の順で多く,主母音が *e のときは「主母音の消失」が大部分で,「韻尾の消失」もみられることが説明できる.

2. わたり音 i の共起形が,主に主母音の消失あるいは主母音と韻尾の融合によって解消されたのに対し,わたり音 u の共起形は,一方の u が消失する形で解消された.