日本語のガ格とヲ格の非階層的付与について

佐藤 直人(東北大大学院)

かき混ぜによる移動が可能である事から,従来の所有者上昇は原理的に許されず,所有者名詞句と被所有者名詞句は構成素をなさない名詞句であるとみなすことができる.しかし,これらの名詞句は格の脱落を一切許さないという,通常の NP-ga や NP-o とは異なるふるまいをする.前提として Kuroda 1988 の抽象格と下位格の区別を導入した場合,ある名詞句に下位格脱落が許されないのは,その名詞句に抽象格が付与されていないからである.では,譲渡不可能の関係にある二つの名詞句に抽象格はなぜ付与されず,下位格はなぜ付与されるのか.

本発表は,複数の名詞句が同じ意味役割を担うという現象を捉えるために独立に導入した形式素性 IA に基づく格付与のシステムを提案する.IA を持つ複数の名詞句は意味役割付与に関して一つの名詞句と数えられる.意味役割と格の関係は厳密に一対一であるならば,これら複数の名詞句に対して格は一つだけ付与される.格は Baker 1988 の Principle of PF Interpretation に従い,S-S で表示された格は音韻規則による解釈を受けなければならないものとすると,譲渡不可能所有構文の場合,一つの格に対して解釈を受けなければならない名詞句は複数存在する.抽象格の場合,音韻部門への統語部門からの入力の段階で名詞句と格の関係が一対一となっていないため音韻規則の適用条件を満たさないため破綻する.下位格の場合は二つの名詞句に付与された例が存在していることから,抽象格と同様の方法では破綻しないものと考える.つまり,下位格の具現化に関わる音韻規則の適用条件として形式素性 IA と名詞句が一対一対応をなしていればよいと仮定する.これによって下位格は所有者名詞句と被所有者名詞句の両方に具現されることになる.すると,下位格の付与には統語構造における構成素性への言及を必要としない.これは Kuroda 1988 の構成素性に基づく格分配分析を構成素性を必要としないものへ修正したものと考えることができ,下位格付与が完全に非階層的である,と結論づけることができる.