第一言語習得と通時的言語変化の共通性

大沢 ふよう(東海大)

この研究は個体発生は系統発生を繰り返すことが言語でも認められ,言語習得と歴史変化の双方に共通のメカニズムが働いていると主張する.このメカニズムとは言語習得理論で Radford 等が主張する functional category (機能範疇)の maturationである.多語段階の子供の発話は cross-linguisticallyに似た特徴がみられる.英語の場合助動詞類が表れず空範疇,移動も習得されていない.対応する成人の文法では主語の欠如が不可能な言語でも主語が落ちる現象が広くみられ,語順も自由である.古英語にさかのぼると,これらの特徴の多くが認められる.助動詞はそれとしては存在せず非人称構文といわれる主語なしの構文は広くヨーロッパの言語にみられる.古英語は現代英語に比べて語順はかなりの多様性をみせている.

この背後にあるのは機能範疇の未発達である.しかし現代英語の成人文法は高度に発達した機能範疇を持つ.そこで次の仮説をたててみる.

言語は,純粋に lexical-thematic な要素で構成されている段階から,徐々に機能範疇を発達させていく.ある機能範疇の出現が言語発達の次の段階への移行をもたらす.このメカニズムが言語習得と歴史変化に共通している.各個別言語の違いはこの機能範疇の発達の程度の違いに起因する.

子供の言語と初期の英語の節構造は機能範疇を欠くVの投射,VPである.やがて時制が機能範疇として確立することでそれに関わる統語現象,英語では主語が必ずTに繰り上がる (EPP) や do-support などが出現した.主語とは純粋に統語的要素であって subject-requirement が確立されるのは,時制が機能範疇として確立されてから以降である.非人称構文とは,あるべき主語が欠落している構文ではなくもともと存在しない構文である.言語が lexical-thematicに構成されている段階では,述語の意味によって要求される項のみが統語的に実現され,外項と内項の区別はなく全ての項は動詞の内項である.認可条件は適切な意味役割を持つことである.