カパンパンガン語(フィリピン)の品詞の区別

北野 浩章(東北大)

本研究は,品詞の文法的な区別について,フィリピンの一言語であるカパンパンガン語のデータをもとに議論するものである.普通,品詞というと,語のレベルで文法的に区別できる類のことである.しかし,言語によっては,そのような区別(特に名詞と動詞)が必ずしも明確でない場合もある.フィリピン諸語のように複雑な形態変化を持つ言語では,語以外のレベルでも品詞の区別を議論することが可能であろうと考え,本研究では,「語根・語幹・句」の三つのレベルを考慮し,語における名詞と動詞のように,語根・語幹・句が,名詞性のものと動詞性のものに区別されうるか,を検討した.

結論としては,

(1) カパンパンガン語の場合,形態論のレベル,すなわち「語」以下の「語根」や「語幹」では,形態的なテストに従えば,名詞性・動詞性の区別は明確である.一方,統語論のレベル,すなわち「語」以上の「句」では逆に,区別が明確でなくなる.すなわち,名詞・動詞を問わず,語は項(=名詞性)にも,述語(=動詞性)にも,簡単になりうる.また,自然な談話において,動詞が項として用いられる頻度も決して低くない.

(2) (1)でみたカパンパンガン語の事実から,名詞句や動詞句のような「句」とその「主要部」の関係は,常に{X詞句:X詞}というわけではなく,句と主要部が,必ず内心構造をなすというのは,決して言語普遍的なことがらではないことがわかる.

(3) 形態論において,屈折と派生という区別が,通言語的には常に問題をはらんでいることは,すでに様々なかたちで指摘されている.カパンパンガン語のデータからも,屈折と派生の区別が比較的明確に認められる場合もあるし,認めにくい場合もある,ということが言える.ただ,自然談話での接辞の使用なども,今後の形態論・類型論が考察すべきであることも指摘したい.