オランダ語の使役構文と与格構文

川村 三喜男

オランダ語の典型的な使投文は Ik laat Jan een appel eten <私はヤンに林檎を食べさせる> のように使役の「助動詞」 laten と補語動詞の組合わせを動詞成分とするものだが,受動的知覚を表わす補語動詞 (zien 'see', horen 'hear', voelen 'feel', proeven 'taste', ruiken 'smell', merken 'notice', weten 'know') をもつ Ik laat Jan een foto zien <私はヤンに写真を見せる> のような文(受動的感覚使役文)は通常の使投文と同じ統語・意味論的性質を示す一方,1. Ik laat een foto aan Jan zien のように被使役者が斜格で現われると,受容者標識辞 aan を伴なう,2. 対格被使役者と下位動詞の論理的目的語の双方が人称代名詞で表わされると両者の位置が逆転する,3. 被使役者を表わす三人称複数人称代名詞として書き言葉では「与格」の hun が用いられる傾向がある,等,Ik geef Jan een foto <私はヤンに写真を与える> のような与格(ないし授与動詞)構文と共通した統語特徴を示し,典型的な使役構文と与格構文との中間形態として性格づけられる。「使役」と「授与」が互に隣接した概念であると考えれば,これは 1. give の意味が屢々 cause to have と記述される(オランダ語ではhebben 'have' や krijgen 'receive' が使投文の補語動詞になることは稀である),2. 英 give,露 дать など典型的な授与動詞に使役動詞の用法がある,等の事実と併せて意味論的に説明される。また受動的知覚使投文は通常の使投文と異なり,1. Ik laat Jan een foto zien, maar hij zag het niet <…しかし彼にはそれが見えなかった> のように causing event しか表わさないことがある,2. 操作使役の解釈しか許さない,さらに 3. 五感のうちで最も語彙化されやすい視覚についての受動的感覚をあらわす補語動詞と laten の組合せは show, zeigen, ミセルのように多くの言語で単一の語彙素に意味上対応する,4. 逆に標準オランダ語は show などに対応する形態上単一の語を(この意味で日常用いられることの稀な tonen を別として)欠く,ことから,この文の動詞成分はその形式にも拘わらず,geven などと同じく意味的には単一の語彙素としての性格が強いことが明らかにされる。