否定文の意味解釈について

加藤 泰彦

  1. 日本語否定文の分析をもとにして,次の二つの点を考察する。(a) 否定文の前提・断定の決定に文法的・語用論的要因がどのように関与するか。(b) 前提・断定と,否定を含む相対的作用域との間にはどのような対応関係がみられるか。
  2. (1) は下線部を焦点としたとき,概略 (2)-(3) のような二通りの読みをもち得る。
    (1) 私は学校で一年生に会わなかった
    (2) 前提: λx~ (私が学校で x に会った) is well-defined
    断定: 一年生∈ λx~(私が学校で x に会った)
    (3) 前提: λx (私が学校で x に会った) is well-defined
    断定: 一年生 ∉ λx(私が学校で x に会った)
    ここで否定が前提にかかる (2) のような読みを NEG-P, 断定にかかる (3) のような読みを NEG-A と呼ぶ。任意の構成素 α が「否定された」という解釈を受けるのは,α が焦点となり,NEG-A の読みが得られる場合である。
  3. NEG- Pと NEG-A の読みの選択に関与する要因として (a) 応答のシステム,(b) 総記の含意,(c) 対照の助詞ハの語彙特性をとりあげ,次の結果を得た。
    (4)NEG-PNEG-A焦点の否定
    応答のシステム±
    総記の含意
    対照のハ
    従来否定に関して別個に論じられてきた観のあるこれらの要因は共に NEG-P,NEG-A の選択を通して否定文の意味解釈に関与してくることがわかる。
  4. 相対的作用域を扱った従来の分析には統語的又は意味的構造をもとに規則を定式化した McGloin (1972=1976),岩倉 (1973=1974),佐川 (1976),又談話文法の枠組による久野(特に1983,p. 133)があるが,上述 (4) の対応関係を用いることにより,これらのいずれとも異った分析が可能になる。特に,作用域規則は,ハに直接言及する必要はない。

参考文献