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Polysynthesis in Ainu and Theories of Incorporation

柴谷 方良

アイヌ語,特にその雅語は複綜合言語の典型的形態論を呈するが,その特質に寄与する現象として,名詞その他の編入 (incorporation) がある。編入,特に名詞の動詞への編入 (noun incorporation) は古くは Sapir に,そして最近では Mithun (1984) や Baker (1985 / forthcoming) などにより取り上げられているが,この現象は形態論および形態論と統語論との関わりという観点から種々の問題を提起している。それらのうちの一つは,どのような名詞にたいして,編入が起こるのかという点である。この問題は,複合名詞などにも共通して起こり,語形成上の重要な形態論的問題点である。
本発表は,この点に関して今までに提出されてきた諸理論をアイヌ語の資料から検討し,それぞれが不十分であることを指摘した上で,アイヌ語の名詞編入は名詞句の意味関係とともに文法関係にも言及しなければならないということを結論づける。
過去の語形成に関する理論で上の問題に関係するものとしては,次の3つのものが認められる。 1) 基底の主語および目的語 (initial primaries) だけが編入される (Relational Grammar, Perlmutter & Postal 1984),2) Patients だけが編入されるのが一般的であるが,Instruments,Locations その他を編入する言語も多数ある (Mithun 1984),3) 編入は,GB 理論の Empty Category Principle および Case theory によって規制される (Baker 1985 / forthcoming)。
Relational Grammar による取扱の不備は,ある言語において受身によって派生された主語や,アイヌ語において派生された目的語が編入されることからも明らかである。次に,意味関係にのみ依存した Mithun の記述は,アイヌ語では Instmments その他の Oblique Nouns の編入は Applicative formation によって目的語となったものに限られるということから,文法関係も考慮にいれなければならず,不十分であると考えられる。最後に, Baker における Unaccusative 分析による自動詞文の主語の空範疇の問題や,Accusative Case が付与されない故に Case theory によって不可能であると予測されている Unaccusative 文における Applicative formation または Preposition Incorporation がアイヌ語では可能であるという点などから,この GB 理論内の取扱には種々の問題があるということが分かる。
結論として,アイヌ語の名詞編入は,自動詞文の Patient の主語および(派生的なものも含めた)他動詞文の目的語が編入されるというように,名詞句の意味役割および文法関係を指定しなければならないといえる。

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