「ない」による否定の作用について

服部 匡

誰か,少し,多少,殆ど,かなり,相当,よほど,時々,たまに,そろそろ,-くらい,のような表現は,無標の単文「Pない」において比較的否定の作用を受けにくく,すべて,全員,常に,非常に,等とは対照的である。(次の二例を参照)
(1) 全部(は)解けなかった。  (Neg > Q, Q > Neg(ハのない場合))
(2) 殆ど(は)解けなかった。  (Q > Neg)
ところが次のような環境ではこれらの表現が否定の作用を受ける解釈が生じる。
(3) 誰かがその仕事をやらないと皆が困る。(条件)
(4) 少しは食べないと体を壊す。
(5) 殆どの回路がつぶれない限りこのシステムは動き続ける。
(6) よほど被害が大きくならなければ大丈夫だ。
(7) 時々喧嘩をしないような兄弟はいない。(二重否定)
(8) 昨日の空襲で殆ど壊滅しなかった工場は一つもなかった。
(9) そろそろ身の振り方を考えていない人は誰もいない。
(10) ?この時間になっても誰かが出てこないのはおかしい。(予想外)
(11) 時々見回りに行かないからこんな間違いが起こる。(理由)
(12) 誰かに行き先を知らせておかなかったので大騒ぎになった。
(13) 弟にお菓子を少し残しておいてやらなかったので後で恨まれた。
(14) A: 客はかなり入りましたか?
B: ?かなり(は)入らなかった。(訂正・反駁)
これらはいずれも,Pという事柄に予め話者の着目があるような環境である。