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無とゼロの指標

水野 晴光

明治以来,わが国の英文法書のほとんどが,英語の冠詞を二分法で定冠詞と不定冠詞とに分類しており,冠詞がつかないケースを省略あるいは,無冠詞として例外的に言及するにすぎない。そのような表現は,日本語の NP に冠詞がつかない場合と混同されても致し方ない。すなわち,NP に先行する冠詞が無いとする無冠詞説と,ゼロ冠詞の存在を主張するゼロ冠詞説との間には,解釈の上で180°の相違がある。
だれしも「無」と「ゼロ」は同じものだと考える。それが社会通念であろ。しかし,零(ゼロ)は決して無と同じではない。無の対立概念は有であるが,ゼロは無と有の対立を超えた概念である。つまり有に無を掛けても無であるが,無に無を掛ければ有に戻る。しかし,ゼロに何を掛けてもゼロのまゝである。他方,ある数をゼロで割れば無限大となる。従って,英語で「無冠詞」というとき,そこには何ら意味は想像されてこない。他方,ゼロ冠詞というとき,その背後には万有,無限大などのイメージから一般化,抽象化といった意味が暗示されてくる。
英語の冠詞はもともと形容詞の一種であって,後続の NP に何らかの意味上の限定をする機能がある。一般に固有名詞の前がφである理由は,その名詞の意味の性質上,他のものと区別する必要がないからである。他方,慣用句では普通名詞の前がφになるが,これはφのもつ他の側面,すなわち無限大から一般化,抽象化の機能が前面に押し出された結果である。総称複数を表わす複数の NP の前のφも,それと同じケースである。すなわち "Cats are gentle animals." と言った場合,話し手の頭の中には世界中の全ての猫のイメージが描かれているとみてよい。このよりにφには空と無限大という二つの側面があるという点において無とは異なるのである。

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