日本語/English
日本言語学会について
入会・各種手続き等
学会誌『言語研究』
研究大会について
学会の諸活動
その他関連情報

言語の構造制約と叙述機能

影山太郎

従来の文法研究は,特定の時空間における事象(出来事,動作,状態)を表現する形式を対象として,その適格性を判別する構造的制約を探求してきた。このアプローチでは,設定された構造制約に適合する表現のみが文法的であり,それに適合しない表現は非文法的として排除される。たとえば日本語で名詞と述語を複合させるとき,その名詞は述語の内項(典型的に目的語)に限られるという一般的制約がある。そのため,「親が子供を育てる」という意味で「(親の)子育て」と言えるが,同じ意味で「*(子の)親育て」と言えない。しかし「父親譲り(の頑固さ)」では,「父親」は内項(目的語)ではなく外項(主語)であるから,一般的な内項制約に違反している。同様に,英語の受身化は,動詞の直後に来る目的語にしか適用しないから(例:My spaghetti was eaten by Bill.),従って道具などの付加詞を受身化すると非文法的になるのが一般的であるが(例:*My fork was eaten spaghetti with by Bill.),しかしこの構造制約に違反しているにも拘わらず非文法的にならない表現があることが知られている(例:This fork has been eaten with.)。

統語論でも形態論でも,構造制約のみに頼る理論では,このような例外は説明できず,語用論や機能主義として処理されがちであった。しかしこの種の制約違反の例は,スペイン語の非人称再帰構文やスラブ語系の絶対再帰接辞のように,世界の様々な言語の様々な統語的・形態的現象に広く観察され,単なる例外や語用論の問題として片付けるのは適切でない。これらの例外的表現は,構造的には例外的であっても,意味の観点からすると例外ではなくなる。上述の「父親譲り」は,それが叙述する名詞の本来的な属性を述べる働きを持ち,そのため,「彼の頑固さは父親譲りだ」と言えるが「*彼のスーツは父親譲りだ」とは言えない。

このように主語名詞の属性を表すという性質は,個体レベル叙述(individual-level predication)という形式意味論の概念に相当する。個体レベル叙述に関する従来の研究が少数の形容詞語彙や総称主語名詞句に限定されていたのに対し,本稿では,この叙述機能が多様な統語的・形態的操作と結びついた一般性のある概念であることを示す。これらの現象は,一般的な構造制約を破っているために「例外」と思えるが,実は,構造制約(特に,項構造に関する制約)を破ることによって,個体レベル叙述(属性叙述)という意味機能を積極的に創り出しているのである。このことから,出来事を表現する通常の「事象叙述」と並んで,主語に固有の性質を描写する「属性叙述(個体レベル叙述)」が人間言語の根底にあり,それぞれの叙述機能が形式的には異なる構造条件によって制御されていることが明らかになる。

プリンタ用画面

このページの先頭へ