日本言語学会第137回大会(2008)特別展示概要

特別展示「フロンティアからの眼差しPart 2」

企画:日本言語学会「危機言語」小委員会

「危機言語」小委員会は言語学会(主として秋の大会)において,危機言語を取りまく現状や,危機言語に関する研究状況の進展について皆様に広く知っていただくために,現在までに何回かの特別展示を企画してきました。今回の特別展示は前回(2007年秋の言語学会)の主旨を引き継いで「フロンティアからの眼差しPart 2」と題し,私たちにとって未知の言語現象に研究者が遭遇する場としてのフロンティア(最前線)からの報告を,ポスター発表の形式で行います。

今回の特別展示は,世界の様々な地域からもたらされた少数言語研究の最前線からの報告4点により構成されます。これらの言語は話される地域も,また属する系統も様々ではありますが,いずれも消滅の危機に瀕した言語(危機言語)であるという共通性を有しています。この特別展示を通じて,扱われている言語現象そのものへの興味を深めるとともに,危機言語に関する認識を深めていただくことができれば幸いです。

安部麻矢「マア語の2つの変種内の「バントゥ化」」は,マア語(タンザニア)の2つの変種を扱います。マア語には2つの変種がみとめられ,それぞれの変種が持つ語彙は多くが異なるものであると報告されてきました。しかし,発表者の現地調査によると,この地域の優勢言語のシャンバー語や国家語のスワヒリ語の影響を受けて,語彙や文法形式などに借入がみられます。

大塚行誠「ティディム・チン語の人称標示」は,ティディム・チン語(ミャンマーおよびインド)の人称標示を取り上げます。ティディム・チン語(チベット・ビルマ語派チン語支)では人称標示に独立代名詞と2種類の付属代名詞を用います。今回は,独立代名詞と2種類の付属代名詞の機能や使い分け,その問題点等を論じます。

山田敦士「プラン族の動物世界―言語データを援用した文化研究―」は,言語に表象された,プラン族(中国雲南省および北タイ)の動物世界の認識を論じます。自然言語には,連続的な意味領域を非連続的に切り取るという範疇化機能があり,フィールドワークは人々の範疇化の諸相を知る貴重な場でもあります。

山田祥子「方言差をどう「書く」か―ウイルタ語文字教本の表記と今後の記述研究―」は,ウイルタ語(サハリン,ロシア)の表記法を扱います。サハリン先住民族言語の一つであるウイルタ語(ツングース諸語の一つ)では,2008年4月,初めての文字教本が出版されました。南・北の方言に二分されるこの言語の表記法を一冊で説明するために工夫された文字教本の特徴を,今後の記述研究の課題と照らし合わせながら報告します。

ポスター発表という形を採用することによって,今回の特別展示では,発表者の議論が一つの結論に収束するというよりはむしろ,発表を聞いた人々との対話を通じて,危機言語に関する,あるいは言語一般に関する考えが重層的に深まっていくことをもくろんでいます。これこそが,危機言語研究というフロンティアから私たちが提供できる可能性の一つにほかなりません。会場にお越しの皆様の積極的なご参加を期待いたします。