日本語関係節主要部の統語と意味

加藤 重広

日本語は,主要部が右方に置かれる後置詞言語であり,関係節については,制限節の右に主要部が置かれる空所タイプを典型とする。しかし,日本語は主要部内在型を持ち,主要部前方型関係節に見える例も見つけることができる。また,制限節に主要部を戻して主文が形成できる「内の関係」しか持たない英語に対して,制限節に主要部を戻して主文がつくれない「外の関係」も日本語は許容する。これは,日本語の関係節で主要部の格が標示されないこと,日本語における格標示のゆるさ,主題文の主題と関係節の主要部の間に見られる統語特性の平行性,などの観点から通言語的検証を可能にする。日本語の関係節では,主要部を修飾する部分をどのように節と認定するかという問題もあり,修飾部の形態と統語特性を考える上での問題提起を行う。日本語という馴染みの深い言語を概観することで,通言語的に関係節を考えるための問題点を整理し,議論の出発点としたい。


ユーマ語族における主要部内在型関係節

市橋 久美子

ユーマ語族の高地ユーマ語派に属するワラパイ語では,主要部が関係節の構成素の1つを成し,さらに関係節全体が主文内で名詞句として機能する,いわゆる主要部内在型関係節が見られる。ユーマ語族の別の語派,例えばデルタ-カリフォルニア語派に属するディグエニョ語の諸方言においても関係節は同じ特徴を示し,この主要部内在型関係節は語族全体で見られる現象と考えられる。関係節内で格が標示される日本語の主要部内在型とは異なり,ユーマ語族諸語では関係節内の格は通常標示されない。関係詞とも分析できる名詞化辞の有無と主要部の関係節内の格との関係を考察した上で,ワラパイ語を例にとって関係節と等しい統語構造を示す所有の表現や形容詞の制限用法にあたる表現を挙げ,動詞を組み込んだ連体表現全体の中における関係節の位置づけについて,日本語における問題提起と合わせて考える。


ポー・カレン語の3種の関係節―「後置型」「前置型」「標識介在型」―

加藤 昌彦

ポー・カレン語はシナ・チベット語族チベット・ビルマ語派に属する孤立語タイプの言語で,後置型,前置型,標識介在型の3つの関係節を持つ。関係節を導く標識が,標識介在型では現れるのに対して,前置型と後置型では現れない。前置型と後置型は空所型関係節で,前置型は主要部の前に,後置型は主要部の後に置かれる。標識介在型は代名詞残存型関係節で,主要部の後に置かれる。これら3つの関係節がどのように使い分けられているかは,作例を用いた調査では把握しにくい。そこでテキストにおける実際の使用を調べたところ,後置型は主要部が主語の場合に用いられることが多く,前置型は主要部が非主語の場合に用いられることが多いことが明らかになった。標識介在型は現れる頻度が非常に少ない。近隣同系言語との比較によれば前置型は新しいタイプと考えられる。


コリャーク語の分詞による関係節と格標示

呉人 惠

コリャーク語(チュクチ・カムチャツカ語族)は,能格型で,格の昇降を伴う逆受動構文を有する。関係節は,分詞と関係詞により形成され,主要部後置型が多いが前置型も観察される。格標示の緩い日本語などとは対照的に,厳密な二重標示型であるが,恐らくこのことも反映して,分詞による関係節化は,自動詞主語と他動詞目的語に限られる。ただし,この制約は,(a) 他動詞主語は,逆受動化による絶対格への昇格により,(b) その他の斜格名詞や所有者名詞は,関係詞に導かれる定形動詞による制限節形成により,いずれも解消される。すなわち,分詞と関係詞という2つのストラテジーによる関係節は,「接近可能性階層」に従って相補分布的に形成される。2つのストラテジーの分布はまた,主要部の制限節での役割の標示の明示度に関する類型論的一般化にも合致しており,より明示度が低い分詞が上位の階層を,より高い関係詞が下位の階層を関係節化する。